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2014.07.20

皮と革のあいだ

紹介されて、近くでの上映を

心待ちにしていた映画をやっと観られた。


ある精肉店のはなし


牛を育て、屠畜(とちく)してさばき、販売までの

一連を生業とする家族のドキュメンタリー。

様々な事柄が描き込まれているので

観る人によって感じることは

いろいろでしょう。


僕が観たかったのは

なにより

その牛の皮を太鼓にするという

ことがあったから。

***

そもそも当時ドラムをやっていたが僕が

和太鼓をはじめたきっかけの一つは

無性に

「動物の皮をたたきたい」

という

衝動に突き動かされたからだった。

そして鼓童に入って和太鼓をはじめて

「いい音」を追求し続けてきた。

いい音とは、太鼓になってくれた

「樹と動物」の本来の音を最大限に

響かせたとき、、、

というのが

当時25歳の自分の答え。

でかい音でも、どんなに汗して叩いても

一般受けという意味のエンターティメント性は

別として

それ自体によっては

決して解決はしないこと

であった。


そして結局筋力でもなく

「ゆるむ」こと(自然体)が不可欠という

結論に至った。


それは今でも変わらないし

今でも追求し続けている。

***

皮と革の違いは

一般的には加工しているかどうかの違い。

太鼓に使われているのは

もちろん革ということになる。


しかし僕の気持ちとしては

「皮」でもあるのです。


なぜなら、

衝撃や湿度温度の変化を念頭にいれて

演奏する音楽の質や会場の

広さや響き方などと調和できるよう

とても繊細な感覚で常に調整して

いるからでしょう。

調整法を試行錯誤していた時代、

上手く調整できず、ケースから

出してみたら破けていた!!

、、、なんて夢を何度も

見たことがありました(笑)。


そのようにしながら、和太鼓の皮は

育てていくもの。


だから革に対しても、皮という

意識が生まれてくるし、

さらにいえば命ある「生き物」に

向き合う感覚に近いのです。

当然、破けたときのショックは

ドラムのヘッドの場合とは

比べものになりません。


***

生き物と食肉との間にある出来事は

我々一般人には見えにくい。

同じく生き物と革との間にある出来事も

見えにくい。

目の前にある食べ物や

革の向こうには、確実に

それを育んでいた命があったことは

想像に難くないが、実感は持ちにくい。

この映画「ある精肉店のはなし」は

少しでも実感を持つ

手助けになってくれると思う。

それは命に対して「すみません」ではなく

「ありがとう」と感じるために、、、です。


「ありがとう」を言葉だけでなく

行動で示すとはどういうことか。


それは、太鼓ならば

楽器としての響きを最大限に引き出す

こと。

食すなら、それによって生き延びた自分の

命を最大限に輝かせることです。


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