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2013.04.01

芝居の音楽として(1)

HIKOBAE2013 は、LAの2daysを

終えました。

2日間とも暖かい反応をいただけて

幸せでした。

ありがとうございました。



それにしても

日本では笑いがなかったところで

笑いが起こることが多くありました。

こちらの方々は笑う事に慣れているのか

笑いのツボが違うのか。

言葉の違いや文化の違い、表現方法の違いなど

いろいろ関わっているのでしょうね。

面白いです。


        〜〜〜◎〜〜〜


さて、観客の反応によっても

役者さんの呼吸が変わります。

セリフや動きのテンポ感や抑揚、声量が変化し

全体的な場のテンションも変化するのです。

当然、音楽もそれらに反応します。

それが録音でなく生であることの

醍醐味ですね。


ただ、これは自分のコンサートではなく

お芝居が主なので

絶妙に呼吸を合わせつつも

音楽が芝居より主張しては

いけません。

そのあたりは、自分、あるいは音楽が

メインということが通常なので、気をつけねば

ならないところですね。


かといって、「伴奏ですから」みたいな

割り切り感でいたら生き生きした場は

生まれません。



そうした気持ちの置き所は

演奏自体はもちろん、演奏していない

控えているときやバチの持ち替え、

舞台袖の出ハケなどにも

反映されます。

たとえば、動作(動かない事も含めて)のタイミング、

速度、柔らかさや硬さなどの質です。 



HIKOBAEでは、音楽は基本的に伴奏ですが

舞台上にいます。

それは芝居のライブな流れを把握し

音楽に反映しやすくする、ということがありますが

「音楽を提供する人」に留まらない、

存在自体を芝居の世界にとけ込ます

ことを個人的な意味付けにしています。


要するに目指していることはこうです。

芝居の世界観の中で、カラダごと表現者として

存在
意義はあり、

存在感がない



それが結果的に芝居、、、いや、「作品」を最大限に生かす

音楽と演奏者の在り方と思います。

そんなわけで、「ミュージシャン」と呼ばれるのは

間違ってないけれど、ピッタリではない

感じがするのですね(^_^;)



一方で、太鼓パートが芝居に対して

絶大な影響力を持つシーンがあります。

、、、それについてはまた今度(^^)

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Comments

ご無沙汰しております!
2010年のアンゴラ公演の際にお世話になったRYです。
実は、今、NYに住んでいて、4月6日午後の公演を観に行きます(^-^) また金子さんの演奏を聴けるのをとても楽しみにしています☆ 狩野さんにもよろしくお伝えください。

Posted by: RY | 2013.04.05 at 11:23 PM

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