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2011.03.16

母のくしゃみ

僕の母は後期高齢者。

まだまだ元気だけれど

この時期、花粉症で

大変そう。

かつて僕が風邪をひいた後に

母がくしゃみをすると

「僕のが移っちゃった」と

子供心に

申し訳ないと思ったものだ。


そんなことを思い出しながら

いい加減、親孝行しないとなぁ〜、と

ぼんやり考えてたり。。。


産み、守り、育んでくれた

愛に応えるには

愛しかない。



でも自分も一人の親として思うのは、

子供の愛が自分に向けられるよりも、

本人自身と周囲の人々を

分け隔てなく愛せる子になって欲しい

ということだ。


それが本当の意味での

独り立ち

と思うし

なによりも嬉しい。


このところ、くしゃみ連発の母なる星

僕たち子供にそんなメッセージを

くれているのかもしれない。


Earth


そもそも母のくしゃみは

僕たち子供の病が

移ったものかも

しれない。



病。。。

それは勘違い

ともいえる。



あるいは、

本来の姿でない


状態。



例えば

善や正義を主張しながら

争うこと

傷つけ合うこと

更には

殺し合いまでを

正当化してしまう。

それは

病と違うのだろうか。


正義を行ったとして

もし良心の呵責があるなら

それは

本来の姿を反映した、本当のココロ

真心


ではない。



正義を本当のココロと

勘違いしていないだろうか。


正義を証明するには

悪が必要になってしまう。

そんな我が子の深い葛藤を

何千年も見続ける

母のココロは

どんなだろう。


僕たちは病であることをやめたら

何を失うと思っているのだろうか。


地球の子供、人類とは

そんなものなのだろうか。


今の姿が

今のココロが

人間としての

完成型

なのだろうか。


そうでないなら

どこに向かいたいのか。。。


 

僕たちの意識のあり方が

母の体調を崩していると

みるのは行き過ぎだろうか。


しかし、こうは言える。

もし子が母の一部なら

母も子の一部なのだ。




いい加減、

親孝行しても

いい時期では

ないだろうか。


なにが親孝行かは

正義によっては

語れない。


なぜなら

僕たちは

正義によって

生まれたのでもなく、

守られているのでもなく、

育てられたわけでもない。


それは

によってでは

なかったか。


産み、守り、育んでくれた

愛に応えるには

愛しかないのだ。


そして愛の向けどころ

先ずは

周囲を愛するのに

分け隔てしてしまう

自分自身のココロ

ではないだろうか。



「僕のが移っちゃった」と思ってる

僕は早く治そうと

思っている。

必ず治る。

なぜなら、愛から生まれ

もうすでに

充分に愛されているから。


なにより、それが

本来の姿

だから。

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Comments

素敵な記事をありがとう


地球に愛を注ぐには
平安な自分でいて
身近な周囲の人に
愛を注ぐしかないと思います


そんな自分で
今日もいられますように

愛をこめて

Posted by: @スタバ | 2011.03.17 at 09:23 AM

>@スタバさん

そうですね〜
自分の平安なしに世界の平安が
あろうはずもありません。

僕からも愛をこめて。

Posted by: りゅうたろう◇ | 2011.03.17 at 11:32 AM

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